3歳の記憶と言えば、
親の離婚によって今までの生活が目まぐるしく変化したことですね。
まずは引っ越しなんですが夙川のマンションから一軒家に移ったのはなんとなく覚えています。
今僕はこのブログを更新しながら人生の棚卸しを綴っているわけなんですが、
なぜかこの一軒家の間取りだけがまったく出てきません。
今でも地理的なものや場所は覚えているのですが・・・・・
その家での思い出なんですが、
次にはっきり覚えているのが家の前の道路で父親に抱きしめられて、
「ごにょごにょごにゅ」と呟かれた後に立ち去って行った後姿だけですね。
あっ、それと雨の中近くの国道沿いで河童を着ながら、
母の帰りを待てっいることを思い出しました。
おそらく父が出ていってから母が急に仕事をすることになり、
帰りが遅くなるのことが多くなっていたのだと思います。
不思議なものでこうやってブログを書いているうちにいろいろ思い出すもんですね。
帰りが遅い母親をびっくりさせる為に、
おでこのケチャップをつけて死んだふりをしていたこともあります(笑)
そしてそこからは西宮の甲子園という地域に住んでいる記憶に急に飛びますね。
甲子園の家は大家さんの辻さんという方が母の友人でして安く借りれたと聞いておりました。
その家の近所は小さな商店街があり活気のある街並みでした。
僕はその商店街の中を歩くのがとても好きで毎日そこを歩くのが日課になっていましたね。
商店街を歩くと決まって鶏肉屋のおっちゃんや、駄菓子屋のおばちゃん、
パン屋さんなどが「元気かい?」「今日も買い出しかい?」と声をかけてもらえました。
朝早くから母は仕事に出かけるので、
幼稚園は自分で通う習慣があったのかよくサボって公園にいることが多かったですね。
先日甲子園に用事があったため、商店街で一番お世話になっていた、
はとや(おもちゃ屋さん)のおっちゃんに会いに行ったらそのお店はなくなっていました。
(あのおっちゃん夫婦元気かな?)
幼少期はこんな感じで過ごしていました。
そして時代は小学生に移ります・・・・・・・・